市電が走ってた・・

 二十歳を過ぎた頃、〇鴨神社の裏手に間借りしていました。内外の温度差がなく、「どてら」を着て、白い息を吐き勉強(?)に励んでいました。「岡本さん、刑事さんが来たはりますけど・・」おばさんに続きふすまがすーっと開いて、「おじゃまします」と二人の中年男性が顔を出しました。「岡本君だね」「はい!(?)」半年前に起きた法経五番教室での集団乱闘事件。大学の自治を盾に大学の協力が得られないこと、大怪我をした者から被害届が出ていること、講義していた教官のゼミで幹事をしている「私」がその場にいたのではないか、もし、そうであればその場であったことを教えてもらえないかということ。怯え小さくなった老教授の上にかぶさり、夢中で多勢の暴力に耐え過ごした、短く長い時間を思い出しました。時がたち体と心の傷が癒えかかった頃でした。          澄み切って早く流れる疎水の横を自転車は気持ちよく快走します。〇端署は古い名残りのある佇まいをしていました。「その気になったら連絡してください」と言われた後もぐずぐずしていました。しかし下宿に「岡本さん、〇端署の▼×さんが連絡してくださいと・・」というメモを見て、就職への影響が頭をよぎりました。教官とも相談し「あった出来事」だけ話すこととしました。2回にわたる聴取は丁寧で穏やかで記憶がうっすらあるだけです。後に行われた地検の聴取が震えあがるほど恐怖に満ちたものだったからです。「学友の将来を奪う覚悟を持って来てるのか!」「税金でまかなわれてる大学の学生分際で、けんかごときに我々へ余計な負担をかけた!」その時の記憶は鮮明で、今でも検事の顔、部屋の様子をはっきり覚えています。数日後、立て看板に名指しで糾弾されているのを見て、大学から足が遠のきました。〇▼派のメンバーからしてみれば「学友を売った」「大学自治の棄損に手を貸した」「官憲に屈服した」ということになるのでしょう。不安定な精神状態を抱え、親の勧めもあり地元で就職することにしました。立命館の学生であった高野悦子さんの「二十歳の原点」が流行った頃でしたが、同時にそれが私の二十歳の原点でもありました。〇都の冬は底冷えがし、うっすら雪が降って風情があります。憧れた〇都の生活は、そんなこともあり、あまり楽しいものではありませんでした。卒業時にまだ50ケ所封鎖され学生紛争が最後まで残った母校。「私の培ってきた大切なもの」を奪い、しかし「父の教育」を施してくれたのだと思います。レトロですね。いつの時代だったのだろうと苦笑するほど、心の中の〇都は今も昔の姿でとどまっています。       個人・法人のマネープランに関するお悩みごとはエルセイフティにご相談ください  (岡本)

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