ボーッと生きてんじゃねーよ

 私は昔から喉の弱い子でした(と言うことになっていた)。常時喉を痛くし、喉から風邪をひき、喉が腫れすぎて幼稚園児で扁桃腺を切除し泣きました。40過ぎた頃に「はっ!」と気がつきました。口を開けて生きているからじゃないかと。それから口を閉めて生きてると喉がやられることは全くなくなったのです。口を開けボーッとした顔をして生きてきたようです。不惑になるまで気〜つかんかった。こういう事もありました。高校生の時です。校内模試で「小舎人童」の読みを問う問題が出ました。友達の○○君が「あは〜!読めんかったわ。わからんからあてずっぽでそのまま書いといたわ。あはは!」数日後、答え合わせをしていてショックで青くなりました。

 

「こ ど ね り わ ら わ」

 

 「とねりとわらべ、フィーリングで読みかた工夫した、あはは!」と○○君。たぶん私は「ことねりどう」とか書いていたような気がしますし、「わらべ」も浮かばす「わらわ」へのとっさの変形は及ぶべくもありません。私にそんな智慧はありませんでした。ボーッと生きてることを実感した貴重な瞬間でしたが、その後同じように生きて、人生を変えるチャンスを逃してしまいました。学生時代の友達と話をしてるとこんなこともあります。「記憶は大体3日で消滅するし、2度目の記憶と睡眠で定着した朝が最もいい感じやから、試験の日から逆算して1+3で4日前からしか始めなかったよな〜」「せやな、1週間前からは効率悪いし、したないしな」という体の会話を聞くと暗くなります。知らんかった。と言うより考えたことなかった。智慧がありませんでした。ボーッと生きてきてしまいました。たしか、昔、カウンセリングの先生が言っておられました。「自己分析をしてもらうと、ほどほどにやめさせないと、最後は必ず、親が悪いいう結論になってしまうんですわ」。いや、うちの親に関してだけは言わしてもらいます!「口を閉めてごらん」と言う教育を施さなかった親は悪い。親も若かったので知らなかったとしても、せめて「口を開けたみっともない顔でいないでくれ!」ぐらい言って欲しかった。自分も自分であると自覚してます。きっかけをつかみかけながら、惰性で生きて、智慧を持った友人たちとどんなに差がついてしまったことか。禿あり、白髪あり、目がしょぼつき、がははと世間をはばかることもない友人たちを見ながら、心は敬意と劣後感にさいなまれています。

 

 この文章のつけたしですが、「チコちゃんに叱られる」を見た時「あっ!カリキュラマシーンのテーマだ!」と気がついた私はたぶんレア者です。「ゲバゲバ90分のメンバー」による教育ギャグ番組「カリキュラマシーン」をユーチューブで探して見てください。テーマ曲はこれを使っていますから。まっ、ど〜でもいいか。           

 

 エル・セイフティは皆さんをしっかりとサポートいたします。(岡本)

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